短編小説その1

更年期に入り、女性ホルモンを分泌させるべく妄想を展開させてます。
アウトプットすることでよりホルモンの分泌を促します。

始めてみたのはパーティが始まる前だった。
会場を取り仕切る私は会場内に不備がないかを確認するので頭がいっぱいだった。
そこに飛び込みの参加の連絡が来た。見慣れないその人は突然の参加に恐縮しながらも背の低い私に声がきこえるようにかがんで礼を述べた。
ふわりと清潔で男らしい匂いにドキッとしながらも笑顔で席に案内した。
パーティーが始まると進行のことで頭がいっぱいになり匂いも存在も消えた。

次に見たのはスポーツ大会だった。選手として参加していたその人はユニホームをきていたからか例の人とは気付かずにいた。
見たことがある人だなと視線をこらすと相手はそれに気付いたのか見返してきた。その瞬間に思い出し興味がなくなったかのように私は目をそらした。
ほのかに心にともった火に気づかないふりをし、大会のスタッフだった私は持ち場に戻るべく体の向きを変えた。

スピリチュアルに興味を持ったのはどうしてだったか。
今思えば心にともった火がそうさせたのだと思う。
私のこの気持ちを鑑定氏が気づくだろかと試してみたかったのかもしれない。
幸か不幸か。それに触れらる事はなかった。
私はやっぱり見て見ぬふりをし、時が過ぎるのをまった。

不倫はどこからだろう。体の不調を訴えると更年期とからかわれる年代に身を置く私は女性ホルモンを本能で渇望しているのかもしれない。
なけなしの女性ホルモンを種に水を注いでやれるネタもない。女性の思考は子宮にも宿る。
不倫は女性ホルモンに注ぐ水だとしたらもう既に私は不倫を犯しているのだろうか。
相手との関係を持ってからが不倫とすると今は浮気の段階か。
ため息で何かをごまかす事が得意になりつつある。
夫、子供、学校、家、実家。
母は離れた場所で一人暮らし。
夫との冷えた空気を察してか夫婦の様子をうかがうことがなくなった。
面倒に巻き込まれたくないのかうるさがられたくないのか。
この気持ちに気づかぬふりをつづけていればいつかは消える。

子供の授業参観の日、少しいい服を着て学校に向かう。
どうしてか、授業参観の日はちょっといい服を着るのが私のルール。
他の人もそうみたい。
私の母もそうだった。
だからこの服は例のヒトの為ではない。
私に意識を向けるなんてことはないのだから。

わき目も振らず息子の教室へ。無事にたどり着いた。
ホッとしたのはどうしてだろう。
そしらぬふりをして授業に集中する。
子供の担任は若く肌がきれいだ。肌の美しさに見とれながら授業の内容に耳を傾ける。
頭の中を授業でいっぱいにしてチャイムが鳴ると息子に手を振り教室を後にした。
不意に突然に心臓が飛び上がるとはこういうことなのかと。
その人が目に入った。他のお母さんと熱心に話す姿に人気者ですこととぼやいて脇をすり抜けた。
私には当然気づくそぶりもない。休み時間で小学生がごったがえす廊下は私の存在などかすんでしまう。

目に焼き付いてしまった。それから何日が過ぎただろうか。
太陽を見た後の残像のように残った残像を消すにはどうしたらいいのだろうか。
ぼんやりと雨を眺める。
シャツを着た例の人は私を見る。願望が記憶を捻じ曲げる。
一瞥し何もなかったかのように顔をそむけるそのしぐさが妙に生々しくて本当だったように感じてしまうのだからしようがない。

いつからなのか。いつの間にかその思考に引きずられることが多くなり、イライラが募る。

何もない自分。女が枯れていく自分。もがく自分。俯瞰する力を持っていることに気づかないふり。
他人からそんな自分が透けて見えるのじゃないかと恐怖におびえる自分。
たとえ同じ年齢だったとしても決して選ばれないだろうと。焦燥感が募る。
ジレンマは可能な二つの出来事に対して選べない状況を言うのであって、ハナから選べない二つの事柄に対するこの状況はなんと呼べばよいのだろう。
一人相撲と思い立った。
瞬間に笑いがこみ上げた。
日本語は機微を表現するのに便利だ。機微がなければもっと単純に物事を解決できるのかも。

きれいな服を着れば上質な空気をまとった気になる。
自分から上質な空気を出せないと泣いたのはとうの昔だ。

第一印象が悪い私は努力で相手に認められなければ仕事は進まない。
大学を卒業してわかったことだ。
大人になって印象が悪くなったのではなく、子供はそんな努力は必要はないのだと気付いた。
子供は気に入らない相手と仲良くする必要がないからだ。
自分に合う合わないを自然と感じ取り近づかないのが子供なのだから。

そうこうするうちに梅雨が明けようとしていた。
もうこれでぼんやりすることもなくなるだろうとほっとすると同時に、熱い夏にうんざりしている。

おでこを近づけて話す二人。私は接近戦は無理だなとため息。彼らにも訪れるし、自分にもあのときがあったのだと言い聞かせる。
自分のお気に入りの場所であの人とおでこを近づけてやさしくおしゃべりしているところを想像する。
きっとあのときのにおいがするのだろうと思ったら、どきどきした。
今女性ホルモンあふれてるかもねと一人笑う。
過去は遠く未来は近い。過去を取り戻すには未来は短すぎる。

雨は好きだ薄暗い中で雨の音を感じているとノスタルジーに浸れる。
雨のにおいは昔も今も変わらないはず。

私の手をとりたいけど触れる程度にしてくれる。
恋人なら優しいのが当たり前。結婚したら同じようにうまくいかないのは当たり前。
恋にルールはいらない。生活にはルールが必要。

ルールがなければ生活ではない。ではいったいこれは何なのだろう。

次に見れるのはいつだろう。
待ちわびるようになってしまってはおしまいだ。

職員室に行く機会が多い私はたびたび教頭先生と立ち話をする。
クラスを担当している先生がいない部屋をふと見渡すとあの人がいる。
休み時間でも先生は教室で子供たちと話をしているはず。
そういえば、彼の担当のクラスの女子にキャーキャーいわれているらしいといううわさだ。
教室にいては仕事がはかどらないからか。ふとそんなことを考えそこに誰もいなかったかのように視線を戻し部屋を後にする。
残像が増える。見るたびに増える残像はいつのまにかバックアップされて動画に編集され都合のいい解釈が加わる。

私を少し見やって視線を戻す。興味のない道端にある意思を見やるような行動。決して自分を認識しない。その行動に落胆しながらも安心する。それでいい。
想像でも私に興味ある駆動はだめだ。
あの人に残る私の残像はすべて別人に違いない。
私が誰かなんて認識しなくていい。笑われたくない。
次はいつだろう。だけどその次は考えない。

鏡を見る。しみしわ太っているわけでもないのにたれたほお。
せめてここがこうだったらと考えたらキリがない。写真も嫌いだ。ブスはもっとブスなのだ。
目を背けてきた真実は残酷で気持ちが折れそうになる。
息子は主人に似た。先生やほかのお母さんからイケメンといわれる息子は私には似ていない。
確かに私から生まれたはずなのに。主人は息子から想像したとおりの顔だ。
顔で選んだ相手はルールを作りたがらず、すべてを私に押し付けた。
本能で外見で選んだその相手は用がなくなれば必要はない。
相手の価値は年収だけ。
家政婦のつもりでいられればいいが、パートに出なければならない。
効率のよいフルタイムに出られればいいが、息子への手厚いお世話を望む。
パソコンを使う仕事はいい。どんな仕事もコミュニケーションだ。
やればやるほどスキルがあがる仕事はロールプレイングゲームのレベル上げと変わらない。

彼の相手はどんなにキレイなんだろう。透き通る肌、すっきりとしたあご。つややかな髪、腰のくびれ。
同じ年代ならすべて持ち、それ以上にすべてを持つ。

たくさんの役割の中で風化し、月日とともに色あせるのは何もモノだけではない。
生き物もそうなのだ。
と気づくのは彼らにとっては遠い未来。

息子から彼の話をきく。不思議とワクワもドキドキもしない。
スポーツが得意だそうだ。

まだ夏は続く。

今年に入り仕事を辞めた。学校のことで忙しくなり、仕事のシフトを減らしていたのだが、事業縮小のあおりで解雇されてしまった。
残念な気持ちもあったが、毎日があっという間に過ぎていくこちにあせりを感じていたこともあり、ホッとしたのが本音だ。

誰かに思いを寄せる方法などとっくのとうに忘れたと思っていた。
どんな思いで毎日をおくっていたのだったか。相手に返されない想いをどう処理していたのだったかと思い返す日々。
つらかったのか、楽しかったのか。でも確実に好いた相手がいる日々は甘美で色鮮やかな世界だったに違いないと美化していた。
実際に訪れたそれは過去のものとはまったく違うのかやっぱり美化していたのか。
薄暗い世界と苦い想いをもてあましている。

相手とのふれあいよりも目を見て話をして、同じ空間を楽しむことを望みたい。
目を背けたくなるような裸体をさらすより、心のうちを見せるほうが楽だと思う。
だけれど、年を重ねていないヒトと重ねたヒトとのそれは楽しめるものではないかもしれない。

若いときの相手はそんなものは望まない。即物的だった相手は私が拒否をすればすねるのでご機嫌を取るためのひとつの手段として体を許す。
すねる相手のご機嫌を取るうちにどんなに正当な訴えでも私のわがままに対して腹を立てているのだといわんばかりにすねるのでその都度ご機嫌をとるというサイクルが出来上がり、いつの間にかセックスは自分が望まぬ行為として刷り込まれた。

専業主婦は毎日が日曜日といった主人の声は10年も前だというのに鮮明に耳に残る。
専業主婦を自慢したことも専業主婦であることを威張ったこともなかったのに私の気に入らない行動の何かにあてつけるかのように打ち放った其の弾は私の中で無数の玉となり飛び散る。ひとつひとつ取り除く毎日だが、いまだに体に残っているのはどうしてなのだろう。

意地悪は度を越え、そのおかげでほかに目を向けるきっかけになったのは皮肉なものだ。
目には目をというつもりはまったくなく、ただ単にこのヒトは私が愛情を注ぐ相手ではないのだと気づき、気づかせてくれたことに感謝するのみだ。
ヒトとして当然の行動を感謝するきっかけを作ってくれた夫に感謝をするのだ。
服を洗濯機に入れてくれてありがとう。ご飯を食べてくれてありがとう。働いて私たちの生活をさせてくれてありがとう。

あんなに嫌がっていた子供を生ませてくれてありがとう。子供の入学式に出席してくれてありがとう。子供の運動会を見に行ってくれてありがとう。
当然の当たり前のことがこのヒトにとってはそうじゃないと気づいたあの時。私の目を覚ますのには十分だった。

何の結果も残さない。独り想いは自由に想像し相手の性格を勝手に設定できるからいい。
意地悪はしないだろう。やさしく触れて私の気持ちを尊重してくれるに違いない。
そんなセックスは経験がない。
カフェでは私をソファー席側に座らせてくれて・・・。
セルフサービスのお店では飲み物を運んでくれる。
ドアは私が通りやすいようにあけてくれて、私が閉じかけたドアに跳ね返されないようにしてくれる。
隣で歩いてくれるだろうか。知らない誰かと見比べず、私だけを見てくれるだろうか。
話しかけたらそ知らぬふりをせず相手をしてくれるだろうか。
私は想像の中ではずうずうしい。

最近涙腺が緩んだのかと何かにまた気づかぬふりをしながら現実にもどるのだ。

私は自由なのだと気づいたあのときから嫌悪感が芽生える。
次はいつ見れるのだろうか。残像は消えずたまっていく一方だ。
気持ちでさえも裁かれるのだろうか。いったいに誰に。神か仏か。
気持ちがはじめて空気に触れ賛歌し、ぼろぼろになるのを右往左往しながら見ているだけしかないのだろうか。
ならば空気に触れないようにいつまでも内側に秘めて置くべきではないのだろうか。
空気に触れて初めてそれが美しく輝くものがあるのも確かだが、たいていは酸化により状態が悪化するか古いものとしていつ捨てようかと思われるものになるのだ。
空気に触れずに熟成するワインのような想いだったらどんなにいいか。
きっと熟成期間があればこの気持ちもいつか外に出て楽しみを増したいいものとして味わえるのだろう。

見たい。言葉を交わしたくない。彼の目に触れられたくない。
躓かないように無意識に石をよけるようにしてほしい。
ふと。道端にぽつりとあるあの石にも役割は元はあったのだろう。
意地悪な誰かがしてけって仲間からはずされてしまったのに違いない。
自分でも戻ることができない石は誰かが拾ってくれればあるべきところに戻してくれる。

でも私はどうか。いったい、どうすればいいのだろう。

また更新しますねー!!!!!